一夜だけでは終わらない、はげ山の狂想曲
筆者注;以下の文には、身体的特徴をあげつらう記述と誤解されるようなセンテンスも含まれますが、決してその特徴を揶揄するものではなく、医学的視点・情報の発信としてご理解いただき、寛容な気持ちでご笑覧下されば幸いです。
ムソルグスキー 交響詩『はげ山の一夜』:聖ヨハネ祭前夜、はげ山に魔物や幽霊、精霊達が集まり大騒ぎするが、夜明けとともに消え去り、はげ山は何事もなかったかのように、元の寂しげな佇まいに戻っていくのだった。
私はハゲてはいない。決してハゲてはいない。
確かに前額部の面積は人並み以上で、これは明晰なる頭脳の左証であり、生まれながらの形質と解するのが妥当であろう。近年、生え際がやや後退しつつある感は否めないが、これもNormal Rangeを逸脱しているとは思えない。そして、頭頂部付近の地肌が透けて見えるのは、私の縮毛の特質で、髪の毛の皮膚からの立ち上がりにコシがあり垂直気味であるため、そう見えるのである。
日本人男性のハゲ人口は、25%、約1300万人といわれており、10代で10%、20代で20%、30代で38%、40代ではなんと45%に達するという。50代以降、さらにその割合は増加する。4年前に360度カメラを購入した。撮影後にスマホやPCで視点を上下左右360度好きな方向に動かして、画像を見ることができるすぐれものである。そのカメラを群衆の中で高く掲げて撮影した際に、頭上から見るアングルの画像を見て驚愕した。ハゲ、ハゲ、ハゲのオンパレード。「これはハゲ発見マシーンだ〜」と思わず叫んだほどである。ハゲは想像するより多そうである。10代のハゲはストレス性の割合が高く、それ以降は、主に男性ホルモンの影響を受ける。男性ホルモン・テストステロンは体内にある酵素・5αリダクターゼと結合しジヒドロステトロン(DHT)を生成。このDHTがアンドロゲンレセプターと結合すると、TGF-β(トランスフォーミング増殖因子)を増加させ、それがFGF-5(線維芽細胞増殖因子)と結合することによって、脱毛のプロセスが進行する。(下図参照)
![](hage.JPG)
このTGF-βとFGF-5は医学分野では様々な病態・疾病の発症因子に登場するのだが、どうやら育毛業界では、脱毛因子と呼ばれているらしい。育毛剤の研究分野では、5αリダクターゼを阻害することで、ハゲの予防、育毛効果を発揮させようと躍起になっているそうだ。ハゲではないので、あまり興味はないのだが、調べたついでに言うと、5αリダクターゼは1型と2型に分類され、1型5αリダクターゼは側頭部、後頭部、皮脂腺、2型5αリダクターゼは前頭部、頭頂部の毛乳頭に存在する。ハゲで悩む人は、前頭部と頭頂部の薄毛・脱毛を気にするので、気にするらしいので、ターゲットは2型である。2型を制する者が、この業界を支配することになる。
ハゲ、薄毛には遺伝的素因も重要である。近年、デンセイホルモン受容遺伝子が関与していると言われており、それはX染色体に存在する。つまり母親から遺伝する。この遺伝子を持つ人が、30代でハゲる確率は30%、50代以降では50%以上と言われている。さらにハゲ・ジェネレイターである5αリダクターゼを活性化させる遺伝子があり、これは常染色体、すなわち両親から受け継ぐ可能性がある。ハゲ発症は様々な要因が関与しているため、すべて遺伝に帰することは無論できない。前述のハゲる確率が100%でないことは、むしろ朗報ではないだろうか? 遺伝子を受け継いだ人たちにも一縷の望みがあるというものだ。他人事なのでどうでもいいのだが、今後の研究を切に期待している。
先日、家族で北部までドライブに行ったときに、後部座席に座った97歳の母が、運転する私に、
「アキちゃん(私の愛称です)、頭のてっぺんが、薄くなっているよ。どうにかしたら」
と宣った。
「いえ、母上、それは気のせい。サンルーフからの日光の加減で、そう見えるのでござろう」
母は構わず続ける。
「最近は、かつらではなく、皮膚に毛を植えるものもあるみたいよ」
まったく〜。そんな知識どこから仕入れたのだ?
「いやそれは、無用の気遣い。それこそ老婆心にござります。ほれ、まだまだふさふさしておりまする」
頭をぺんぺんと叩く。
「だってほら、地肌が透けているよね。利恵さんも見てごらん」
母の隣に座る細君が頷きながら言う。
「手術による植毛ではなくて、地毛の根元に、人工の毛髪を何本か結びつけるというのもあるそうね」
「それは、マープ増毛法というもので、、、」
うっかり即答してしまう。
「あ、いやいや、各々方、それがしには、不必要なこと。まあ多少の薄毛は年齢相応。男子たるもの、些末なことにこだわれば、本質を見失いますゆえ」
「若い頃は、そうでもなかったのにねえ〜。誰に似たのかしら」
母はしつこく話題をつなぐ。母親の髪の量は、まあ齢相応だろうが、彼女の弟、すなわち私の叔父は、40代から、つるっパゲであった。つい、ムッとして、
「母上からの遺伝のせいでござろう」
と言いかけてやめた。だって私はハゲてはいない。決してハゲてはいないのだから。
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