99回目のバースデイ
先日、母の99回目の誕生日を、家族で祝った。バースデイケーキを近所のケーキ屋さんで頼んだのだが、その店は、ケーキに飾るチョコレートプレートに、バースデイメッセージを活字として書き込める。PDF形式であれば写真も可。解像度はそこそこだが、簡単なイラストなら十分にきれいである。しゃれた言葉をと考えたのだが、なかなか浮かんでこない。国語教師をしていた母なので、和歌か俳句でいいのがないかと思いめぐらすと、確か紀貫之が長寿を祝う短歌で、梅のかんざしがなんたら、、、というのがあったような。人間の記憶とはその程度である。しかし現代は強力なツールがある。インターネットだ。「紀貫之 梅のかんざし」と検索すると、なかなか見つからない。(後に分かったことだが、当時は「かんざし」ではなく「かざし」であったそうな) 思い違いか? 気を取り直して「紀貫之 長寿 祝う」とキーワードを入力して検索すると、すぐにヒットした。
春くれば 宿に まづ咲く梅の花
君が千歳のかざしとぞ見る (古今和歌集)
(毎年春になると、最初に我が家に咲く梅の花は、あなたの千歳(御長寿)を祝う髪飾りにふさわしいことでしょう。)
よし、これだ! これにしよう。梅のイラストをあしらってプレートを作ってもらおう。紀貫之のこの和歌が、すらすらと脳裏に浮かんだかのようにふるまって、さりげなく自然に。
チョコレートプレートに書かれた冒頭の和歌を読んだあと、ケーキに飾られていたプラスチックでできた梅の造花を、母の髪に差して飾った。そして、仕入れたばかりの知識を開陳する。あたかも以前から知っていたように。「この歌は紀貫之が、仁明天皇の皇子、本康親王の七十歳の算賀を祝して詠んだ歌で、記念に作成された屏風絵に添えて書かれたもの。人生五十年ともいわれた時代、七十歳ともなると、十分長寿であったということだね。その点では母の圧勝。実はこの歌は、万葉集『春されば まづ咲くやどの梅の花 ひとり見つつや春日暮らさむ』という山上憶良の本歌取りで、云々」と解説していると、母が感心した面持ちで聞いている。インターネット情報受け売りの、にわか専門家である私は、少し後ろめたい気分を持て余しながらも、「もうしばらく、出来のいい息子を演じるのも親孝行というものだ」とうそぶいている。
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